先日、ある方のブログを読んでいたら実家の仏壇についての記事がありました。ブログを書いている方には弟がいて、仏壇を引き継いだということですが、いつの間にか仏壇が小さなものに取り替えられて、ホコリまみれになっているとのこと。
彼女は何だか自分のご先祖様が、粗末に扱われているような気になったのでしょう。仏壇を粗末にしてしまうのも、それを心配するのも、どちらも私にはわかるような気がします。
買い替えたくなる気持ちもわかる
我が家は仏壇を引き継いで16~7年ほどだと思います。夫の実家にあったものを移動しました。仏壇は40年ほど前に購入したものです。夫と親戚の男性(当時60代くらい)で仏壇店に行って選んだそうですが、相当の値段だったそうです。
この仏壇、夫の実家(築100年の日本家屋)にあったときはまったく違和感がありませんでしたが、我が家のリビングに置くと、最初はとても圧迫感がありました。
自分の家に置いて初めてわかったのは、他の家具に比べて仏壇はとても奥行きがあることです。だから、どうしても存在感があります。自分の家に合うものに買い替えたくなる気持ち、私にはよくわかります。
それに昔ながらの仏壇は、細工が多くて掃除がしにくい。ホコリが溜まるようにできていると感じます。だから、ホコリが溜まりにくいシンプルなものに買い替えたくなるのでしょう。
仏壇に慣れるまでは時間がかかる?
それに、最初のうちは仏壇に触ること自体がちょっと嫌でした。下手に触ると罰があたりそうな気がして、掃除をするのもおっかなビックリといった感じでした。これも慣れなんですけどね。
私の母(1936年生)の実家は神道だったため、母は仏壇をあまり見たことがありませんでした。だから、最初は仏壇のことを怖いと思っていたとか。線香の香りも怖かったと言っていました。
ブログを書いている方の弟さんも、まだ仏壇があることに慣れていないのかもしれませんね。今私は毎日仏壇の中を掃除しています。これが習慣になってしまえば、別にどうということもありません。
ご飯をあげることにも、やっと慣れました。慣れるまでは、つい炊きたての御飯を人間が食べてしまい、ご飯をあげられないことが度々ありました。どんなことでもそうですが、1つの習慣が身につくまでは、ある程度の時間が必要なんですね。
それにしても掃除がしにくくて嫌だと思っていた仏壇ですが、なぜこんなに彫り物が多いのかわかってからは、ちょっと気持ちがかわりました。
仏壇は小さなお寺!
仏壇というのは、自宅に置ける小さなお寺だそうです。お寺の本堂を小さくしたものなので、仏壇の中には御本尊もいらっしゃるわけです。私は最近、法事でお寺に行く機会がありましたが、その気になって見ると、本当にお寺の本堂は仏壇の中と同じです。
常花と言って、仏壇の中に飾る金属製の造花(ハスの花)がありますが、あれもそっくり同じものがお寺にもありました。いつも見ている仏壇の中身がそのまま大きくなったようで、不思議な感覚でした。
私としては、家の中にお寺があるんだから、多少掃除が面倒でも仕方がないな…と思ったのですが、これからは本当に家の中にまでお寺が必要なのかと疑問を持つ人が多くなるのかもしれませんね。
仏壇はなくてもいいかも…
亡くなった人を思うことは、別に家の中にお寺を持ち込まなくてもできそうです。下手に家の中にお寺を持ち込んでしまうと、後々大変なことになるかもしれません。
我が家だって、私と夫が死んだらこの仏壇を一体どうするのか…結構大きいし、始末に困ると思います。実家の仏壇が小さくなっていたら、『これで重荷が1つなくなったわ』とありがたく思うべきなのかもしれません。
ホコリまみれになっていたら、『まだ仏壇に慣れていないんだな』と思ってあげれば良いのではないでしょうか(掃除してあげるよ、などと言ったら角が立つ)。
まあ、仏壇の掃除はその人の性格にも左右されるようです。私もいろいろな家の仏壇を拝ませていただきましたが、もしかして1度も掃除をしたことがないのかも…と思うような仏壇もあったのです。でも、大丈夫。仏壇はお寺だから、ご先祖様はきっと無事なはずです。


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