作らないよりはいいんだ

生活

昨日テレビを見ていたら、簡単にフライパンでお赤飯を作る方法を放送していました。もう、作り方をアップしている方がいらっしゃいますね。

番組によれば、炊飯器でお赤飯を炊くと、せいろで蒸したときよりも、粘りなどが弱く、おこわとしては物足りない仕上がりになってしまうそうです。

お赤飯を炊飯器で作るのは邪道?

私は母に言われて、10数年前からお赤飯は炊飯器で作ってきました。やはり小豆やもち米の吸水に時間がかかり、蒸すときもつきっきりになるお赤飯はハードルが高いと思っていたのです。

そのときに母にこう言われました。

お赤飯だって、ご飯なんだから炊飯器で作ったって何も悪いことなんかないわよ。面倒だからって作らなくなるよりも、自分のやりいい方法で作った方がいいよ。お祝いのときに、手作りのお赤飯が食べられれば、子どもたちも喜ぶから、作ってごらんよ。

この一言で私はお赤飯づくりに挑戦、おっかなびっくりで作ったお赤飯を娘たちは本当に喜んでくれました。夫も最初は料理に消極的な私が作ったということで、ずいぶん喜んでくれたのです。

私はもともと、本格的にせいろで蒸して作ったお赤飯に縁がありません。だから炊飯器で作るお赤飯を美味しいと思って食べましたが、夫はそうではなかったようです。

昔ながらの農家で育った夫はそれこそ、かまどの火でせいろを使って作ったお赤飯の味を知っていたのです。私の作ったお赤飯を「これも別にまずいとは言わないけど、なんか違うんだよ」とどこか不満そうでした。

それでも、娘たちが成長するまでの、ちょっとしたお祝いに、お赤飯は大活躍してくれました。炊飯器の良いところは放っておいてもお赤飯が完成するところです。炊いている間は気にしなくて良いので、安心してその他のものを調理する時間が生まれますから、時間的にも余裕ができて、私にはちょうど良かったのです。

昔ながらの作り方は今の生活に合わないことも

昔ながらの作り方で作るお赤飯は美味しいと思いますが、現代の生活に合わない点もあると思います。まず、昔ならお赤飯がごちそうの主役になれたけれど、今は違うことです。昔の日本人なら、お赤飯だけで、多分嬉しいと感じることができたはずです。

しかし、今の生活ではお赤飯と何を食べようかという問題が出てきます。他にもいろいろと用意をしなくてはならないと、私ならお赤飯だけに時間を割くのは難しいです。

また、昔なら料理をする女性の手を確保するのが簡単だったでしょう。大家族で暮らしていれば、祖母、母、娘など、担い手がたくさんいたはずですが、今は料理担当は1人だけということも珍しくありません。キッチンもそれに見合った狭いものが多いでしょう。

1人でお赤飯とその他のものの調理をしなくてはならないと考えると、それだけでもう無理だと思えてきます。

せいろでお赤飯を作ると、それなりの量が出来上がるのも、現代の生活には合わないかもしれません。親戚の付き合いも少なくなっていますから、大量にお赤飯が出来上がってしまうのは困ります。

本当と違っても許して欲しい

私は昔ながらのせいろで作るお赤飯を否定するわけではないし、本当の作り方は伝えていくべきだと思っています。しかし、家庭で作る料理は、本当とちょっと違っていても、許されて欲しいと思います。

本当にこだわるあまりに、作る人が自信をなくしてもう作りたくない、と思うようになるよりは、作る人が疲れすぎず、作った成果に満足できる方法を採用するのが良いと思うのです。

それにどんなことも時代とともに変化します。日本語だって変化していて、もう私たちと江戸時代の人たちはあまり話が通じないのだと聞いたことがあります。料理だってそうだと思います。

そのうち、お赤飯は炊飯器かフライパンを使用するのが常識になるかもしれません。私は少なくとも、炊飯器でお赤飯を作って良かったと思っています。そして、背中を押してくれた母に感謝しています。

おかしいのは、母がすっかり自分が言ったことを忘れていたことです。

炊飯器でお赤飯なんか炊けるんだ。へぇ~、それは便利だね。えっ?私が言ったの?
そんなこと言ったかね~。でも、作らないよりずっといいよね!

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