今日、夫は休日ですが、すでに出かけていていません。我が家の娘たちが卒業した小学校で、お囃子を演奏するそうです(授業の一環らしい)。
50歳近くになってお囃子を始めた夫。なかなか後継者が育たないため、このままでは地域のお囃子がなくなってしまいそうなので、小学校などに出かけて何とか興味を持って欲しいということのようです。
何でも伝承するのは難しい
しかし、いくら子どもたちを誘っても、お囃子に参加してくれるのは最初の数年間だけ。どんな子どもでも中学生になって部活動でも始まると、お囃子とは距離を置いてしまうそうです。
夫はもう、小学校でお囃子を演奏してもムダだと思っているようで、今日もあまり乗り気ではありませんでした。今日も暑いですしね…
まあ、ムダかムダでないかは、もっと後にならないとわからないかもしれません。中学生くらいって、一番大人と距離を置きたい時期ではないでしょうか。同年代の仲間との付き合いの方が、よほど大切になると思います。
問題はその後ですよね。もっと大人になったときに『ああ、子どものころにやっていたお囃子が懐かしいな』と感じる元子どもがいるかもしれません。そんな子は10人に1人、いやもっと少ないかもしれないですが、そんな子は絶対にいないとは誰にも言い切れないのです。
種を蒔くことをやめてしまったら、絶対に芽が出ることはありません。夫が本当に地域のお囃子を絶やしたくないなら、種を蒔くこと(子どもたちにお囃子を見せて、体験させること)をやめてはいけないと思います。
ただ、夫ももう62歳。芽が出るか出ないかわからないことを続ける気力はないのでしょう。もっと先が長い年代なら、芽が出るのを楽しみに待てるのかも…
地域のお囃子が滅ぶかもしれない
本来、もっと早い時期からお囃子を伝承することを考えるべきだった、と私は思います。夫がお囃子に参加するようになったとき、50歳近い夫が一番の若手でした。誰も伝えること、引き継いでいくことをせずに来てしまったわけです。
夫が参加するようになったころから、何とか後継者を…という流れになったそうですが、お年寄りばかりの集まりに参加しようという人はなかなか現れませんでした(たまにはいるようですが、みんなすぐに辞めてしまうのです)。
お祭りのお囃子なって、無理強いするものでもないし、こうなってしまうと滅んで行くのを見守るしかないような気もします。まあ、滅んでしまってもかつてお囃子に参加した子どもの中の誰かが、また復活させることもあるかもしれません。
この暑い中、股引に前掛け、祭り半纏を羽織って出かけていった夫。大変だな~、よくやるよ、と思います。だからこそ、どこかに芽が出て欲しいと思いますが、まあ、出た芽を夫が見ることはなさそうです。


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