61歳で再認識!自分は決して他の人にはなれないから、他人の行動に意味を見つけない方がいい

人の考えていることなんかわからなくて当然 生活

先日、夫がビールではなく発泡酒を買ったとき、ちょっとびっくりしました。

それほど珍しいことだと思ったのですが、これが続けば家計にもいいので嬉しかったのです。しかし、これは私の期待しすぎだったようで、発泡酒がなくなると当然のようにビールを買ってきています。

夫の行動に意味なんかないし、あっても私にはわからない

もう、仕方がないね~。あのときの夫はたまたま発泡酒を買っても良い気分だったのでしょう。それよりも問題なのは、私の気持ちかもしれません。

夫の深い意味のない行動に、何らかの意味を見つけて一喜一憂してしまうのは、私が現在の生活にかなり不安を覚えているから、かもしれないです。

そして、夫の行動に意味を見つけているのは私が勝手にしていることなのに、それが思っていたこととは違ったとき(今回も別に家計を考えて発泡酒を買ったわけではなかった)、私は今も昔もがっかりしています。

これ、気を付けないと一人で勝手に思い込んで、勝手に裏切られてがっかりして、怒り出すという最悪のシナリオになりかねません。

夫の行動の意味は、もしそれがあるとしたら夫にしかわからないでしょう。いくら長い間結婚しているからといっても、私は決して夫にはなれません。だから、夫の行動の意味は私が決めることではないのだと思います。

夫以外の人にも気を付けたい

それは夫に限らず、自分以外のどんな人間も同じはずです。しかし、長い時間(34年間)一緒に生活していると何だか自分と夫の境界が曖昧に感じられてくるのです。私は娘たちに対しても、同じことをしているのかもしれません。

自分が生んで、ずっと一緒に暮らしているから、娘たちとの境界が曖昧になっているような…勝手に『きっとこんなふうに考えているに違いない』などと思っているのは、まったくの見当違いだったりして。

こんなことを考えていると、かつて『あの人はきっと私のことを良く思っていないだろう…』などと考えたことがいかに無意味だったかがわかります。

自分は決して”あの人”になれないのに、”あの人”がどう思っているかを延々と考えて、しかもその結果、『やっぱり嫌われているんだ!』と腹を立てるなんて…

今考えると、別に私は嫌われてはいなかったと思います。ただ、好かれてもいなかったでしょう。うん、多分どんな人も別に私には無関心。多分、いてもいなくてもどっちでも良い存在だったのでしょう。

しかし、誰かの行動に特別な意味を見つけず、事実として受け止めるって、なかなか難しいことですよね。私はこれからもうまくやっていく自信がありませんが、なんとか頑張ってやってみます。

残りの人生を穏やかに過ごすために。

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