かつて世界に子どもを労働力としか見ていなかった国があった!今の日本はどうだろう?

子どもたち 生活

先日、テレビを見ていたら児童移民という言葉が耳に入ってきました。19世紀後半から20世紀後半に渡り、イギリスから小学生程度の子どもたちが強制的にオーストラリアに移民させられたのだそうです。

労働力として移民となった子どもたち

親が亡くなったり、事情があって一緒に暮らせない子どもたちが施設に預けられ、そこで半ば騙されて(親は死んだなどと言われ、オーストラリアに行くことを受け入れた子どももいました)オーストラリアに送られました。

オーストラリアでは子どもたちは、順応性の高い労働力としてあてにされており、過酷な労働を強制されるのはもちろん、様々な虐待を受けることにもなりました。オーストラリアは過疎の状態が続き、政府はこのままでは労働力不足は免れないとイギリスからの子どもたちを積極的に迎え入れたのです。

強制移民は1967年まで続いたそうです。私が生まれたころもそんなことが行われていたとは、信じがたいことです。子どもたちは自分たちの名前や誕生日、本当の両親については知らされず、教育を受ける機会も与えられませんでした。自分たちが何者かもわからないまま、半ば強制的に苦しい労働に従事せざるを得なかったのです。

また、強制移民となった子どもの本当の親にも事情は知らされることはありませんでした。子どもは良い家の養子になるから、連絡は取れなくなると施設側に言われ、何十年もそれを信じていた親もいたのです。

日本の子どもも強制移民と変わらない

まったく信じがたい話であるにもかかわらず、なぜか私は今の日本と似ていると感じてしまいました。日本の少子化が進み、もう何年も前から政府は少子化対策を声高に掲げています。あれも支援、これも支援して子どもを育てる金銭的な負担を少しでも減らそうと躍起になっています。

しかし、政府の少子化対策とは突き詰めると将来の労働力が不足しないように、年金制度が破綻しないように、今から手を打つためのものです。つまり強制移民として子どもたちを受け入れたオーストラリアの政府と考えは変わりません。

オーストラリア政府ではゆりかごが空なら、他から連れてくることもやむを得ない、と言われたそうです。さしずめ日本ではゆりかごが空なら、急いで子どもを作らなくては、と考えたように思えます。

その考えが透けて見えるから、少子化対策は効果が出ないのではないでしょうか。これからの日本は老人だらけの国になり、年金制度を維持するのは大変でしょう。数少ない子どもたちが大人になったときに、国の経済を回していくのも大変だと思います。今、子どもを生んでも将来苦労するのがわかりきっているのに、政府の言うことを聞いて子どもを生もうと考える人がいるとは思えません。

生む、生まないに誰も踏み込むべきではない

かつて日本でも産めよ増やせよ、がスローガンになった時代がありました。このときは労働力だけでなく兵力としても子どもをあてにしたのです。後に第二次世界大戦へと突入して、日本は大変な時代を迎えます。国や政府といったものが、個人のプライベートに踏み込むとき、ろくなことにならないことを証明しているような気がしてなりません。

もちろん私は少子化対策のすべてを否定するわけではありません。必要な人に必要な支援が届くようにしておくべきだと思っています。しかし、これだけ支援しているんだから生むよね?という姿勢ではいつまでたっても子どもは増えないような気がするのです。

それではどうしたら良いか…それは私にもわかりません。滅びるものは滅び行くままに、とも思うのですが、それは無責任なのでしょうか。

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