母に話を聞いてもらえなかった

実家

人と話しているとき、どちらか一方が話し続けているのはおかしなことです。誰でもこれは人に聞いてもらいたい、と思っていることがあるはずです。まったく人の言うことを聞かずに、自分のことだけを話している人とは、次に会いたいと思わないでしょう。

気がついたら母が変わっていた

しかし、私の母はあるときから私の言うことに一切耳を貸さなくなりました。別に喧嘩腰になっていて話を聞かないわけではありません。ただ、まるで私が話していないかのように、母は自分のことだけを話すのです。

一瞬、母がおかしくなったのかと思いましたが、話を聞いてもらえないこと以外は至って普通の母でした。私が母の話を聞いて返事をしているときには、まったく問題がありません。話を聞いてもらえないことも、私と2人のとき以外は問題にはなりませんでした。よく見ると、弟も母とそれほど話をしている様子はないし、私の夫も母とはそれほど話をしたことはないのでした。

私は自分が気にしすぎているんだ、と思いました。母も年を取ってきたから、昔と違ってきても仕方がない、と考えるようにしたのです。ただ、最初の違和感が強烈だったために、母に話を聞いてもらえなくなったという思いはそれからずっと、母が死ぬまで20年近くも続いたのです。

母とぶつかることもあった

もともと私と母はそれほど仲が良い親子ではありませんでした。父が病気で倒れて、母が一人で家計を支えていたため、母は忙しくイライラしていることも多かったのです。私が思春期の頃は進路の問題でぶつかり合いました。

大学を卒業後、通勤に不便だからという理由で私は一人暮らしを始めましたが、それは実家から離れたいという気持ちが強かったからしたことだと思います。母とは距離を取って穏やかな関係になったと思っていました。

それから私は結婚、出産と忙しくなりました。そしてそれらが一段落したときに、母が話を聞いてくれないと思うようになったのです。そうなってから思いましたが、ぶつかり合うということはお互いを見つめていないと、話をしないとできないことです。

話を聞いてもらえない、と感じても、表面的には私と母はぶつかり合っていたわけではありません。だから、穏やかな関係だったと言えますが、私はまるで私が話をしていないかのように振る舞う母を見ていると、とても嫌だった母とぶつかり合っていたときが懐かしいとすら感じたのです。

結局母との関係はそのままでした

そんな状態をどうしたら良いのか、と持て余しているうちに、子どもも成長して、一層私は実家に行く機会を失いました。母はあまり実家に寄り付かない私に対して寂しい気持ちを持っていたと思います。そしてそのうち、母の病気が発覚して、あれよあれよと言う間に悪化していき、亡くなってしまいました。

私と母の距離は埋まらないままでしたが、本当に距離があったのかどうかも、今はわかりません。弟にはこう言われました。

もともとお袋は思い込みが激しくて、自分勝手だったんだよ。一々気にしたって仕方がない。最期はあんなに看病したんだから、もういいんだよ。

違和感の正体はわからないまま

なんと言うか、最後まで手応えのない親子関係だったと思います。母が亡くなった今、母は私たちを一生懸命育ててくれたことはわかりますが、だからそれを懐かしいとかありがたいと実感することはできません。

私の感じた母への違和感は、果たして何だったのでしょうか。親子といえども、長い間離れて暮らしていたら、多少は仕方のないことだったのか、私と母の間には決定的な溝があったのか、今も私にはわかりません。こうなってしまっては仕方のないことですが、たまに母のことを考えると、あまりにも他人行儀な自分自身が寂しく感じられるのです。

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