昭和世代は褒められなかったのか?自分が子育てして実感したこととは

生活

よく同年代の女性のブログを読みますが、共通しているのは母親にまったく褒められなかったということです。先日もそんな記事を読みました。私も褒められていなかったと思ってきました。

母は私を褒めて育てた?

高校生の頃、1度だけ学年で上位に入ったことがありました。褒めてもらえると思い、喜び勇んで母に伝えたところ、こう言われたのです。

まだ上に○人いるんでしょ?それを全部抜かないと、ダメでしょう!

とにかく私の母は私が図に乗らないように、釘を刺すのが大切だと思っていたようでした。容姿のこともズケズケと批判するし、私は母に傷つけられたと思っていることが多かったのです。しかし、大人になってから母に「孫のことは褒めるけど、私のことはちっとも褒めてくれなかったよね」と言ったことがありました。

すると母はそんなことはない、と答えました。特に私が小さい頃は、褒めることを心がけていたと言います。お使いをすれば偉いね~と褒め、容姿のこともかわいい、かわいいと言って育てたというのです。

褒められると麻痺する?

にわかには信じられませんでしたが、確かに人間、嫌なことは後々まで引きずる性質があります(私だけでしょうか?)。自分だって他人に余計なことを言ったり、やったりするのに、それは忘れて自分が言われたこと、やられたことを執念深く覚えていることは、誰にでもあるのではないでしょうか。

それと同じことが褒める、褒められるということにも起こるような気がしました。そして度々褒められると人間は麻痺してしまうのかもしれないとも思ったのです。最初は少し褒められれば満足したものが、段々少しでは物足りなくなって、終いには前と変わらず褒められているのに、ちっとも褒められないと不満を持つようになるのかもしれません。

実際に娘たちは麻痺していた

私は自分の子どもは褒めて育てようと思っていましたが、一度娘たちから文句を言われたことがあります。もっと褒めて欲しいと言うのです。それまでも、私は結構褒めていると思っていましたが、それでは足りないと娘たちは言いました。

褒められると、すごく嬉しい!やる気になる!もっともっと褒めてよ~!

私はまだ小学生だった娘たちを前に、すごくうんざりしてしまいました。そしてこう言ったのです。

ゆみこねこ
ゆみこねこ

褒めるときは、自分が好きなときに好きなように褒めたい!褒めてって言われるとすごく嫌だから、やめて!

そして、実際に母は私のことを褒めてくれていたのかもしれないな、とちょっと認めました。しかし、褒めてもらってもほとんど覚えていない自分が残念です。私が子どもの頃はもう50年も前のことになってしまいました。もし、母が生きていてももう何を褒めたのか、けなしたのか覚えてはいないでしょう。

それにしても、たとえ我が子でも無理をして褒めようとすると、なかなか大変です。きっと母も大変だったのでしょう。

覚えていないのだから、褒めても褒めなくても変わらないような気がしますが、けなしたことは子どもはいつまでも覚えています(私が実例です)。だから、褒めて育てようとするより、けなさずに育てることを心がけると良いのかもしれませんね。何か今更ですけど…

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