昔から自転車でどこまでも行ってしまう長女に不安だったが…でも、成長しました

長女

昨日は長女が出勤する日でしたが、いつもの駅に行ったところ電車が不通になっていたそうです。復旧は午後3時ごろといわれたため、長女は駅まで乗ってきた自転車で、そのまま職場に行ったのです。普段は6駅乗って職場に行っていますが、直線距離で職場までは10kg程度、行けるだろうと思ったと、帰ってきてから言っていました。

みんな呆れていた

一時よりはマシになったとはいえ、昨日も意外に暑かったです。大丈夫かな、と私は長女が帰ってくるまで気が気ではありませんでした。夫と次女は当然ですが、少し呆れていたようでした。

夫

何でママに送っていってと言わないんだ。そうでなければ、今日は行かれないって職場に連絡するとか、他に方法があっただろう。

次女
次女

帰りも自転車で帰って来なくちゃいけないんでしょ。これは大変だ。

そんな言葉を聞けば聞くほど、私に遠慮して送ってと言えなかったのか、それとも…と長女の幼い頃のことまでもほじくり返して考えてしまいました。長女は幼いときから、ちょっと理屈に合わないことを平気でやるところがありました。

私が思い出したこととは

長女が中学生のときに、河川敷のサイクリングロードを友だちと一緒に走っているうちに道がわからなくなり、帰ってこられなくなったことがありました。サイクリングロードには立て看板が立っており、「東京湾まで〇〇㎞」と書いてあったそうです。それを見て、長女たちは海に行ってみたいと盛り上がってしまったようです。

しかし、走り出した時間が遅かったため、すぐに夕方になり暗くなってきました。暗くなると、自分たちがどこを走っているかわからなくなり、やみくもに走っていた長女たちの疲労も極限に達しました。とうとう午後7時過ぎにジョギングをしていた若者に声をかけ、救助を求めたのです。長女たちは私たちが住んでいる市内を横断し隣の市を通過。そのまた隣の市に入ったところで力尽きてしまったわけです。

結局、若者のお母さんという方が我が家に電話をかけてくれて、長女たちがいる場所を説明。夫が自転車が積める車で迎えに行きました。

いつもの時間になっても帰って来ない、携帯に電話をしてもちっとも出ない、これで私たちはかなり不安になりました。そのときもなぜ中学生にもなってこんなことをするのか、なぜ私が電話をしたときに、一言でも良いから事情を説明しないのかと悲しさと怒り、困惑が入り混じって、それは複雑な思いをしたのです。

当時長女と友だちは志望校に合格したばかりでしたが、前途多難とはこのことだと、喜びも半減してしまいました。夫はこう言って2人を叱ったそうです。

夫

お前たちは高校には合格したかもしれないけれど、人間としてはどうなんだ!

結局無事に帰ってきたんだから良し!

そんなことを思い出して、何だか長女は昔のままで、考えてみればずっと発達障害っぽい生き方なんだな~、これから大丈夫かな、とまで思いが至ってしまいました。そうして一人でクヨクヨしていたのですが、帰ってきた長女はごく普通の様子でした。

大丈夫だったのかと問いかける私に「もうちょっと暑い日だったら、仕事休んだだろうね。今日、行けませんって休んだ人もいたし」と答えたので、拍子抜けしてしまいました。単に長女は、体力が有り余っているだけだったようにも思います。なんだかんだ言っても、無事に帰ってこれたのでこれで良し、といったところです。今回は誰にも迷惑かけていませんし。

あのときお世話になった若者とお母さんはお元気でしょうか。まだ長女のことを覚えているでしょうか。長女が帰ってきて、ホッとしたらもう2度と会うことはないだろうけれど、お世話になった人たちのことも思い出しました。

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