最後の最後には、ものが自分を守る要塞になる?末期がんの男性の部屋に私が思ったこと

片付けられないとき 生活

先日テレビを見ていたら、64歳で末期の胃がんだという男性が自宅で最期を迎えようとしている場面が映されていました。

介護ベッドの周りは雑多なもの(半分以上はゴミに見えた)でいっぱいでした。一緒に見ていた夫は「うわ~」などと声を上げていましたが、私は母を思い出して悲しい気持ちになりました。

末期がんだった母が自宅にいたとき

母ががんで亡くなったのは2015年の11月でした。腰が痛いから、と無理に整形外科に入院していましたが、もう治療することはできないと言われて退院。他の病院に紹介状を書いて欲しかったのですが、母と医師の間でトラブルになってしまい、自分で病院を探すように言われてしまいました。

母は意地になってしまったのでしょう。入院はしたくないと言って、一時期自宅で寝ていたことがあったのです。

そのときの母の寝ている部屋が、テレビに映し出された男性の部屋によく似ているような気がして、私は悲しい気持ちになったわけです。

自宅にいても、母の具合は悪く、歩くのも困難でした。当時母は弟と同居していましたが、必要なものをいちいち弟に取ってもらうことはできないと考えたのでしょう。薬やらティッシュペーパーやら、タオルやらいろいろなものが敷きっぱなしの布団の周りに置きっぱなしになっていました。

日を追うごとにものの種類と量は増えて、最初は布団の枕元だけに置かれていたものが、最終的には布団を丸く取り囲むようになっていました。痩せて縮んだ母は、布団とものに埋もれるように横たわってています。

私はその母に向かって毎日「それじゃあね、また明日来るから」と声をかけるのが憂うつでたまりませんでした。この母を残して私が帰ってしまうと、明日までに亡くなっているのではないか、そんなことを考えていたような気がします。

自分のものは自分を守るのか?

結局、やはり母の中ではなにか尋常ではないことが起こっていると考えた私は、嫌がる母を無理に病院に連れていき、入院させました。

入院して1月あまりで母は亡くなりましたが、今でも私はたくさんのものに埋もれるようにして寝ていた母の姿を忘れられません。それは今になると、母が自分を守るために気づいた要塞のようにも思えます。

テレビの中の男性にとっても、それは同じことだったのではないでしょうか。片付けようと言っても、なかなか首を縦に振らなかったという男性。訪問医師や看護師たちは、信頼関係が築けたら…と言っていました。

確かに、自分で築いた要塞を壊しても大丈夫という、信頼関係が男性には必要だったのかもしれません。男性は医師や看護師たちと信頼関係を築き、部屋は片付けられます。反対に自分を守る要塞を失くした母は、入院先でも不安に苛まれていたようでした。

母はせん妄という症状に陥りました。誰かが自分を殺しに来る、などと常に言うようになったのです。それは、死に対する大きな不安故だったのかもしれません。

たかが「もの」ですが、されど「もの」です。そうすると、長女にもあまり「全部捨てろ」とは言えませんね。

しかし、夫が「うわ~」と言っていた男性の部屋。私にしてみれば、長女の部屋よりはかなりスッキリとして見えたのですが…う~ん、全部でなくても半分くらいは捨てて欲しいな。

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