昨日テレビを見ていたら「50歳近い娘が80歳になろうとするお母さんにご飯を作ってもらっている、これはありえません」という言葉が聞こえてきて、ドキッとしました。80歳に近いお母さんには、ご飯を作ってあげましょうよ、ということらしいです。
今のままでは私も
なぜ、ドキッとしたのか、それは娘たちにご飯を作っている80歳の自分の姿が、容易に想像できたからです。人間最初から80歳のわけではなく、その前に長い積み重ねの年月があります。その間、家族のためにご飯を作っていたわけです。
昨日と同じようにご飯を作り、また明日もご飯を作る、その繰り返しをしていたらあっという間に80歳になるような気がします。自分と同じ家に暮らしていたら、親子の関係性は変わらず、子どもはきっと50歳になっても子どものままでしょう。
昭和の時代なら、ある程度の年齢になれば結婚して家を出る子どもが多かったでしょうが、今はそれもままなりません。私は結婚しなくても、家を出て独り立ちをすれば良いと思っていましたが、このご時世、家を出て一人暮らしができるほど稼ぐのはままならないようです。
私は独身時代の3年間ほどを一人でマンションを借りて暮らしましたが、今思えばあれは景気が良かったからできたことでした(もちろん、私自身がつましい暮らしを苦にしなかったことも大きかった)。
結婚しない子どもはずっと家にいることになる。そうしたら、生活は学生時代の延長でしかなくなるのも仕方のないことだと思います。
実際に私の母は79歳で亡くなる3ヶ月前まで、弟に弁当を作っていました。
どうすれば良いのか
死ぬまで家族のためにご飯を作るのは嫌だな~、と思っていますが、それではどうすれば良いのかは皆目見当がつきません。私は毎日家にいるのに、ある日を境に突然今日からあなたたちのご飯は作りません、と宣言するのも憚られます(どうせ夫の分は作るし…)。
本当は少しずつ自分の仕事を娘たちに移行するのが良いのでしょう。しかし、少しずつを心がけていると、自分の中で家事の移行をしなければ!という気持ちが下火になり、ついには消えてしまうのではないかとも思うのです。
先ほど子どもはいくつになっても、子どもなのだと書きましたが、逆に子どもは親が歳を取って衰えたことを認められないのだと思います。これも年老いた親がいつまでも子どもにご飯を作る理由ではないでしょうか。
私自身は結婚してからは親とは年に数回会う程度でしたが、それでも自分の親のことを客観的には見られませんでした。母が亡くなって初めてマジマジと顔を見て『いつの間にかこんなにお婆さんになっていたんだ!』と驚いたくらいです。
放っておけば年老いた親はいつまでもご飯を作るし、それを見て心が痛まないのが、ずっと実家にいる子どもです。
無理に結婚しなくても良い世界はこんな親子をたくさん作り出すような気がします。私が80歳になるまで後20年くらいです。その間に何とかならないかな…まあ、結婚は無理にしたところで、駄目になるから無理はしない方が良いですよね。


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