母の日が苦手なのは私だけではない!とうとう裏母の日ができた理由とは?

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今日は5月の第2日曜日、母の日ですね。私は母が生きている頃、どうも母の日が苦手でした。

子どもの頃から母の日が苦手

子どもの頃から母の日にはお母さんに感謝しましょう、自分にできる方法で感謝の気持ちを表しましょうと言われていたので、そうするべきだと私も思っていました。しかし、プレゼントを贈るにはお小遣いが少なすぎたし、絵も作文も私はうまくありませんでした。

どうすればみんなのようにお母さんに感謝の気持ちを表せるのだろう?と毎年考えていたのです。色々自分で考えてやってみたのですが、どれもあまり母には喜んでもらえなかったようです(今考えると、母は大げさに喜びを表す人ではなかったから、だったかもしれません)。

母にあまり喜んでもらえないのに、母の日のプレゼントをするのは、私にとってはかなりプレッシャーで、毎年ゴールデンウィークの頃には憂うつになっていました。それは大人になっても変わらず、母が亡くなってやっと開放された気がします。

母になってもやっぱり苦手

自分も母になると、母の気持ちが少しわかるような気がしました。プレゼントをもらったら喜ばなくてはならない、と思うとこれもやはりプレッシャーになりますね。

長女は自分で働くようになってから、毎年私にちょっとしたプレゼントをくれますが、申し訳ないような気もするし、(母の二の舞いにならないように)自分がちゃんと喜べているかも気になるしで、なかなかに居心地が悪いのです。

もちろん、長女が私のことを気にかけてくれるのは嬉しいのですが、この居心地の悪さはどうしようもありません。

裏母の日という言葉がある!

ただ、世の中には私よりももっと母の日が憂うつ、と言う人がいることを知りました。今朝新聞を読んでいたら「裏母の日」という言葉が載っていました。母の日に引っかかる人、すなわち母の日にプレゼントを贈ったり贈られたりする気持ちになれない人のための言葉のようです。

新聞に掲載されていた女性は現在50代、自らの母を地雷原だったと語っています。父がギャンブルに依存しており、生活のために働かなくてはならなかった母は、その愚痴を女性に吐き出していたそうです。母はちょっとしたことで怒り、家を締め出したりするため、常に緊張を強いられる生活でした。

この方は大変な苦労をされたと思いますが、現在の中高年が少年少女だった頃、母親は多かれ少なかれこの女性の母親の要素を持っていたと思います。

私にも身に覚えがある…

私の父は今で言うアルコール依存症だったため、酒代が家計を圧迫、それだけでなく酒の席で度々父は失敗していて、その愚痴を嫌と言うほど母から聞かされました。愚痴を聞くのは長女としての勤めだから仕方がないと思っていましたが、やはり本心では嫌でした。

確か中学生くらいのときに「もう、愚痴は聞きたくない!」と怒って泣いた記憶があります。そんな土台があれば母の日だからと言って、急に感謝はできないと私は思います。母親って娘には同じ女同士ということで、愚痴を言ってもわかってもらえると思うのでしょうか?

しかし、子どもに愚痴の聞き役は荷が重いし、ましてや父親の愚痴を聞かせても仕方がないでしょう。眼の前の娘の半分は父親からの遺伝子で成り立っています。父親を否定することは、娘を否定することでもあるわけです(私も気をつけます)。

あれ、そうすると私が母の日が苦手なのも仕方がないのか…とりあえず、母の日にはプレゼント!ご馳走!みたいな風潮が少し弱まると良いのかな~、と思います。感謝の気持ちって表さないよりは表した方が良いのでしょうが、年に1回だけ表しても仕方がないような気もします。

それに子どもって(少なくとも私に限っては)親の好きで産んだんだから、そんなに感謝してもらわなくてもいいんだよ…と思ってしまいます。

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