私が旦那デスノートの存在をきっぱりと否定できないのは、母の存在があったからだと思います。もう何度もこのブログに書いていますが、私の父は49歳で脳出血の発作を起こしました。
生死の境をさまよい、大きな手術にも耐えて命はとりとめましたが、社会人として復帰することはかないませんでした。つまり、それから亡くなるまでの24年間、父は無職で生きることになりました。
頑張った母だけど
父が倒れるまでの母は、常に父の給料が安いことに文句を言っていましたが、たまにパートに出ても、理由をつけて辞めてしまい、私は子ども心に母の言うことには説得力がないと思っていたのでした。
離婚をしたいけど、子どものために我慢しているというのも、何度も聞かされて私はとても嫌でした。子どものせいにするなと思っていました。しかし、父が倒れてからの母は、正社員として働き続け、私と弟を大学や専門学校に進学させ、その上父の面倒まで見たのですから、とても立派な人だったと言えます。
その立派な働きをする陰には、母の毒抜きが必要でした。母は文句を言わないとやっていられなかったのでしょう。よく聞いた話にこのようなものがあります。
なんでお父さんは死ななかったんだろう。死ねば、家のローンは相殺されるし、保険金も出て、生活はぐんと楽になったのに。それに、死ねばお父さんの面倒を見ることもなかった。あ~あ、お父さんは死ねば良かったのに。
最初は嫌な気持ちがしましたが、私はこの話をおそらく100回は聞いたのだと思います。しまいには慣れてしまいましたが、その後自分で気がついてゾッとしたことがあります。
親の言葉はネガティブなほど、影響する
いつだったか、夫と父のことを話していたことがあります。夫の父は30代で事故死していますから、夫は「お義父さんが元気に孫を抱けて良かった」と言ってくれたのです。そのとき、私は母が言った通りのことを夫に言いました。
夫は絶句するし、私もこれはいけないと気が付きました。私自身、父に孫の顔を見せられて、本当に良かったと思っていたのに、こんなことを言ってしまったのです。夫は私にこう言いました。
死んでしまったら、本当にお終いだよ。生きていないと、できないことがあるからね。そんなことを言うもんじゃない。
私はつい、「あなたはお金の苦労をしたことがないから、そんなことが言えるのよ。お母さんはお金のために、本当に苦労したんだから」と言い返してしまいましたが、私はいつの間にか母の言うことが自分の考えになっていたことに、ショックを受けました。
毒のある言葉は呪いになる
何度も聞いた母の言葉が、いつか私の中に深く沈んで定着していたのです。もちろん、母が私たち家族を守ってくれたことに変わりはないし、それには感謝をしなくてはなりません。しかし、私はできれば母のあんな言葉を聞きたくありませんでした。そのとき、母に旦那デスノートがあれば、と思ってしまうのです。
まあ、もし母の側に旦那デスノートがあっても、母は意地でも書き込みはしなかったかもしれません。とても真面目な人でしたから。私も母の愚痴を聞くのを仕事だと思って、もっと真剣に聞いてあげれば良かったのでしょうか。
それにしても、自分の口からスラスラと「父が死んだ方が、ウチは金銭的に助かったんだよね~」などと出てきたときのショックは大きいです。言葉は本当に呪いになります。旦那デスノートを利用する人は、自分の子どもに呪いをかけたくないと無意識のうちに思っているのかもしれません。
旦那デスノートには、やはり意味があるのです。
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