夫が木から落ちた

夫が植木の剪定中に木から落ちました。夫は脚立などを使わず庭石に登って、木の下枝に足をかけて、剪定ばさみで枝を落としていました。

擦過傷だけで済んだけど

作業中に足をかけていた木の枝が折れてしまい、夫は剪定ばさみを持ったまま、地面に転落してしまったのです。落ちるときに木にこすったのか、夫の二の腕にはたくさんの擦過傷ができていました。転落したのも危ないですが、剪定ばさみを持ったままだったのが余計に危なかったと思います。

剪定ばさみで自分を傷つける可能性もあったからです。剪定ばさみは大型でかなり鋭利でしたから、自分に刺さったりしなかっただけラッキーでした。普段、私が脚立に載って作業をするだけで、危ないと大騒ぎをする夫ですが、自分が先に危ない目にあってしまったのです。

そして、今日は祖母の命日

人のことより、まず自分が気をつけないといけない、ということだと思います。それが昨日のことでした。そして今日は夫の祖母の命日です。2つの事実に関係などまったくないでしょうが、何となく私は落ち着いて生活しなくてはいけないよ、とサインを出されているような気になりました。

命日とはもちろん、その人が亡くなった日です。命日に仏壇やお墓に手を合わせてその人を思い出すときには、なぜ亡くなったのかも考えるでしょう。そして、もう何年経った、その人が亡くなったときの年齢を超えたなどと思うこともあるでしょう。

普段の生活では生きている人のことでみんな精一杯です。しかし、立ち止まって亡くなった人のことを考えると、少しは毎日の生活を省みることができるのではないでしょうか。命日にはちゃんと役割があるのかもしれない、などということを考えたので、今日は仏壇の花を買ってきました。

忘れていたこともあったけど

祖母が亡くなったのが1999年でしたから、もう22年が経ちました。昨年などは忘れてしまっていたのですが、夫のケガが大事にならなかったことへの感謝の気持ちが花を買ってくるという行動につながったのかもしれません。

考えてみれば、夫の弟が脳梗塞を発症して救急搬送されたのは、夫の父の命日の翌日のことでした。やはり命日にはちょっと立ち止まってみなさい、少し反省しなさいという意味があるように思えてなりません。

夫は「もう時間が経ったんだ。忘れたって当然だ。いつかは忘れて良いんだよ」と言っています。何事もなければ、それで良いのかもしれません。

まあ、仏壇の花だって普段から絶やさないと言っている人もたくさんいます。私のように何かないと花を買ってこないというのも、困ったものなのでしょう。

ちなみに私はお線香の香りも苦手です。我が家はリビング・ダイニング・キッチンですべてがつながっているため、食事の時間にお線香の香りがすると本当に嫌なのです。罰当たりですみませんという感じですね。

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