なぜ親は子どもにうるさくいうのか

家族

先日、農水省の元事務次官だった70代の男性が、40代の息子を殺害した事件への判決が出ました。懲役6年という刑に、いろいろな思いを抱いた人もいることでしょう。

外に出られない子、親、どちらも大変

息子に暴力を振るわれ、自分が殺されるかもしれないと感じれば、私もどんな反応をするのか、正直いってわかりません。この70代の男性を一方的に非難はできませんが、やはりこんな終わり方しかできないのか、という暗い気持ちにさせられました。

外に出られない子どもを持つ親だけでなく、外に出ることができない子どもにも、この事件は重いものだったのではないでしょうか。実際に事件直後の新聞の投書に、外に出ることができず、働けない私はいつか親に殺されてしまうのか、という悲痛な投書が掲載されていました。投書の主は女性で、父親からは働けと怒られるばかりだそうです。

事件を起こしてしまった70代の男性も、息子に対して親の財産で暮らしているくせにいばるな、という内容のラインを送っていたことがわかっていて、外に出られない子どもの気持ちに寄り添えていなかったのでは、といわれています。

うるさくいう親は焦っている

何の解決にもならず、まったく利益がないのに、なぜうるさくいってしまうのか、この理由を私は何となくですが、わかるような気がしています。それは私がかつて竹内久美子さんという動物行動学の研究家の本を読んでいたからです。

竹内久美子さんの著書によれば、人間の体は遺伝子の乗り物で、体がそろそろ古くなってくると、遺伝子が乗り換えを指示するそうです。その指示が、子どもが欲しいという欲求です。子どもは新しい遺伝子の乗り物ですから、子どもを大切に育てることは、すなわち遺伝子を後世に残すということです。

この考えを知っていると、親が子どもに無理な願いをする理由がわかってきます。みんなに好かれて欲しい、経済力を持って欲しい、早く結婚して欲しい、どれもみな子どもが(遺伝子が)無事に生き残って欲しいという願いの表れです。

ところが子どもが外に出ない、働かない、結婚しないとなると大切な遺伝子が後世に残せないかもしれないので、つい焦って余計なことをいってしまうのではないかと私は考えています。
子どもの心に寄り添うことよりも、遺伝子を残すことを優先してしまったために、70代の男性もいわなくてもよいことを、いってしまったのではないでしょうか。

子どもを否定したいのではない、遺伝子を残したいだけ

私も人のことはいえませんが、竹内久美子さんの考え方を知ってから、あえて遺伝子を残したいから私は心配してしまうんだ、と自覚をするようにしています。 遺伝子は乗り継ぎに失敗したかもしれないけど、もう仕方がないんだと思うことにしています。

私の娘は外に出なくなってからまだ3年ほどですが、いつまで続くのかは誰にもわからないので、少しでも自分が楽になる考え方をしています。

先程の投書の女性の、働かない私は殺されてしまうのかというのは、心配ないはずだと私は思っています。遺伝子を残したいのに、殺してしまったら目的は絶対に達成できません。70代の男性は、殺されるという恐怖感から、息子を殺害してしまったのでしょう。

子どもが問題を抱えていると、親はみな、自分が死んだらどうなるのかと思っているはずです。自分が死んだら、周りに迷惑をかけるかもしれない、などと考えてピリピリしていますから、恐怖が増大しても不思議ではありません。

自分を楽にするために、何でもしよう!

親は子に寄り添うべきかもしれませんが、その親は誰に寄り添ってもらえばよいのでしょうか。子どもを1人育てるだけで、相当寄り添っているのではないでしょうか。あまりに苦しい、大変な生活は続きません。自分で自分を楽にするしかありません。

子どもには子どもの言い分がありますが、親のそれもあってよいはずです。

考え方を変えるだけでも、かなり生活は変わってきますが、それができないほどに追い詰められてしまったら、やはり専門家の意見を仰ぐのがよい方法でしょう。私にもそんなときが来ないとはいえません。

最後に言い訳

最後に竹内久美子さんの著書を何冊か読んでいたために、私はこのような考え方になりましたが、ご本人の了解をとったわけではありません。万が一、この考えを目にしたら、違うよといわれるかもしれません。

でも、読んだ本をどんなふうに使うかは、私の勝手なのでご勘弁願いたいです。人間なんて、ただの乗り物、こう考えると本当に楽になりますよ。自分が楽になれば、ほかの家族も、外に出られない子どもも楽になるかもしれません。

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