長女と次女のことでまだ落ち込んでいる理由

家族

一昨日、長女と次女がぶつかり合い、私も夫もかなりショックを受けました。

もともと2人は4学年違うため、幼い時は姉妹でケンカをすることはありませんでした。めったにぶつかり合わない2人だっただけに、余計にショックを受けたのかもしれません。

しかし、それを差し引いても私の落ち込みはひどいので、なぜなのか考えてみたところ、思い当たる節がありました。

マツコさんの言葉に関係がある?

私は今からもう10年も前に、マツコ・デラックスさんの悩み相談に関する本を読んだことがあります。そこに『私には生まれてこの方、友だちと呼べる人が1人もいません。誰も私のことを考えてくれていないし、本当に孤独です』という内容の悩みが掲載されていました。

それに対する答えが私にとってはなかなかに衝撃的でした。

あなたが今生きているということは、他の誰かがあなたのために一生懸命になってくれたからなの。その恩を考えもせずに、孤独だ一人ぼっちだと言っているのは、そんな人たちをすべて切り捨てているのと同じことよ。1人で生きているなんて、調子に乗ったことを言ってるんじゃないわよ!(注:あくまで私の記憶に基づいた言葉です。マツコさんの文章ではありません)

誰かが自分のことを考えてくれていたから、自分は今生きていられるのだと思ったら、今が孤独でも気になりません。自分を支えてくれた人たち、今支えになってくれている人たちのことを考えれば、毎日普通に生きていかれる、と私は思いました。

誰の思いも通じないのか

そして今回のことでそれは本当だったとよくわかりました。次女には確かに家の外に知り合いも友だちもいませんが、私たち夫婦は次女のことをとても案じています。私たちは次女を生んだ責任があるから、案じるのは当然と思われるかもしれません。しかし、長女はどうでしょうか。

長女が大きな物音を立てたり、落ち着きのない行動を取るのは、発達障害のせいもあると思います。それでも、次女のためにできる限りの工夫をしているし、一昨日のぶつかり合いのことも、自分が気にしすぎだったと言って、もう蒸し返そうともしません。

もともと旅行に行った時は、忘れずに次女にもお土産を買ってくるような長女でした。長女は次女に対して何の責任も負っていません。それなのに、私には長女が精一杯、次女にできることをしていると思えます。

やはり願ってしまう

それが次女にはわからない、通じないことで私は今、こんなに落ち込んでいるのだと思います。相変わらず、「私なんて生まなければ良かったのに」などと言っています。すでに25年が経過しているわけですから、今更こんなことを言っても無駄ですが。

次女にもいつか周りの人のことを考えられる日が来るのでしょうか?私も20代の頃にはそんなことは考えられませんでした。だから、年齢とともに次女も変わるのだと信じたいです。孤独でも穏やかな人生を送って欲しい、これが私の次女に対する願いです。

まあ、長女にもこれから先の生活はどうするのかとか、いろいろと心配はあるのですが…

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