毒親ってなんだろう?

家族

いろいろなブログを読んでいると、度々登場するのが「毒親」という言葉です。私と同年代の女性にもこの言葉はかなり浸透しているようで、自分と親の関係を振り返るとき、そしてそれを総括するときに使われていることがあります。

現在、自己肯定感が低い、だから他人とのやり取りが苦痛になるような生き辛さを感じている人は、その原因が自分の親の育児にあるかもしれないというのです。

赤ちゃんには良くも悪くも育児をする人の影響がある

確かに生まれたばかりの赤ちゃんはまっさらというイメージがあります。その赤ちゃんを育てるとき、大体決まった人が関わることになるのではないでしょうか。

我が家の場合なら、母親である私が育児を主に担当しました。そうすると、赤ちゃんにとっては育児を担当する人が初めて見る他者になります。そして育児中は授乳やおむつを替えるなど、一緒にいる時間が長くなり、密接な関係になるはずです。

育児の最中に赤ちゃんと関わる大人がしたことが、その赤ちゃんに強い影響を与えたとしても不思議ではありません。だから、毒親の影響は強く、それを引きずって成長する人が多いのも仕方がないのかもしれません。

私の母は毒親だったのか?

私は私の母とずっと良い関係だったとは思っていません。実家では私が中学2年生のときに、父が病気で倒れ、母がその後ずっと働きに出て私と弟を育ててくれました。

それには大変感謝をしていますが、母からの風当たりは強く(つまり家のことを手伝えとか、勉強して良い学校に入れという母の希望と私の希望がぶつかりあったため)、私は成人したらすぐにでも実家を出ていくことばかりを考えていたのです。

私は1964年生まれですが、当時は子どもを面と向かって褒める人は少数派だったように思います。子どもは褒めると図に乗るから、軽々しく褒めてはいけないと思っている大人はたくさんいました。だから私は子どものとき、褒められた記憶がありません。

母はちゃんと褒めるときは褒めたと言っていますが、人間はきっと悲しいことを言われたときの方が記憶に強く残るようにできているのでしょう。成績(私は体育や算数が極端にできませんでした)や、容姿についてはいつも注意を受けるか、からかいの言葉(ブス子と呼ばれていました)を言われていて、それがとても悲しくて嫌だった記憶があります。

子どもの前で夫婦喧嘩は当然のことだったし、父といさかいをした母に一緒に死のうと言われたことも一度や二度ではありませんでした。

母と自分をチェックしてみた

現在はネットに毒親チェックと言うものがあって、自分の親が毒親だったのか、また自分が毒親になってはいないかをいくつかの質問に答えるとチェックできるサイトがあります。

結果として私と母はどちらも毒親度(%で表されており、数値が高ければ高いほど毒親である可能性が高くなります)はかなり低いと判定されました。

毒親になるためには気分次第で子どもに当たり散らすなど以外にも、子どもの身の回りにまで(服装や髪型など)気を配って、自分の思い通りにしなくてはならないそうです。

また、子どもの人生にもレールを敷く準備をする必要があります。人一人を思い通りにするのですから、手間も暇も金も必要です(育児放棄の場合はまた別の現れ方をするのでしょう)。私と母には毒親になるだけの資質も財力もなかったようです。

親はみんな毒を持っているんじゃないか

たまたま資質がなくて難を逃れましたが、もし私や母に手間と暇と金があったらどうだったでしょうか。毒親になっていたのではないか、と思います。小さな子どもを一から育てることは、とても大変です。毒親になるということは、その大変さを忘れさせてくれるのかもしれません。

それに毒親度が低くても、毒親かどうかを判定するのは子どもたちです。子どもが嫌だと思うことをしたら(または子どもに悪影響を与えることをしたら)、それは毒親なのだそうです。すると、誰もが毒親になる可能性があるわけで、どの子どももそのことで生き辛さを抱えてしまうことになります。

日本の子どもたちの自己肯定感は、外国に比べるととても低いそうです。これは毒親と何か関係があるのではないでしょうか。

毒親という恐ろしい親がいると考えるよりも、すべての親が毒を持っていると考えるほうが私にはしっくりきます。私の次女がこの数年引きこもっているのも、私という親の毒に当たったせいかもしれません。

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