子どもに何も言わせないのは毒親?ツイートを見て感じた、どんな親にも毒があること

毒親 生活

ツイッター上に子どもの立場での思いをツイートしている方がいて、大変考えさせられました。その方は病院を受診をするときに、母親が症状などをすべて医師に伝えようとしたそうです。間違ったことを伝えたときは、その方がそれを訂正していたそうですが(例えばいつ発熱したか、など)、その後必ず「親の顔をつぶすな!」と怒られたといいます。

受診のときのことはほんの一例だったようで、その方は子どもの立場では何も言うことを許されない状況だったようです。私の年代ではまだまだそういう親子関係がありました。子どもの分際で親に楯突くことは許さない!というわけです。

毒親かそうでないか、基準は曖昧だ

ツイッター上では、その親のことを多くの人が毒親と称していました。子どもを自分の所有物だと思っている、だから自由な発言(親が気に入らない発言と同じです)は一切許さない、こんな親は毒親と言われても仕方がないかもしれません。

しかし、私の経験から言うと、親と言うのはとても曖昧な基準の中で子育てをしています。子どもは最初、話をすることができませんから、そのときは親が医師に症状を伝えるのが当然ですし、それを義務のように考えている人も多いでしょう。

会話に不自由しなくなっても、医師に的確に自分の症状を伝えることができるのはもっと先のことです。私は小学生になっても、医師に自分の症状を伝えるのが苦手でした。例えばお腹が痛い、と訴えると医師は必ずこう尋ねます。

お腹のどこら辺が痛いの?そしてどんなふうに痛むのかな?ズキズキとかキリキリとかズーンと重いとか、自分の感じたことを教えてね。

私は自分の痛みがズキズキ、キリキリ、それともズーンとしているのかが、さっぱりわかりませんでした。何とかこの痛みを伝えないと、このまま帰りなさいと言われるのではないかと焦って、余計にわけがわからなくなったものです。

付き添っていた母を振り返っても、自分で考えなさいと言うばかり。確かに自分の身体のことです。たとえ母でも私の痛みはわかりません。自分で伝えないといけない、これは正しいことです。しかし、そこで助け舟を出すのも、毒親なのでしょうか。

親が子どもの症状を医師に伝えることに何の変わりもありません。それでも、片方は助け舟を出した親で、もう片方は毒親と言われてしまうのです。このように毒親としての基準は大変曖昧です。ツイッター上では「親が医師に子どもの症状を言うのも、毒親なんですか?」と言うツイートも見られました。

私としてはどうか、安易に判断しないで、毒親という言葉で一括りにしないで欲しいと願うばかりです。

どんな親も毒の部分があると思う

まあ、自分で自分の症状を医師に伝えることは、自分で話す訓練にはなったと思います。こればかりは自分で伝えないと、回復が遅れるかもしれない、そう思うと必死に話そうと思いました。当時は母のことを冷たいと思わないでもありませんでしたが、今は少々感謝の念が芽生えてきました。

ただ、母としてはそうそう深い考えがあってのことではなかったと思います。私は幼い頃、体調を崩すことが多く、もう医師に話すも面倒だったのではないでしょうか。しかし、親と言うのは子どもが体調を崩すと心配のあまり、とにかく医師に話したくなるようです。

長女が幼い頃、夫は頼みもしないのに診察室に入り、大声でまくしたてるため、医師に「お父さんには聞いていません。それに両親で入ってくることはない、出て行ってください」と言われたことがありました。

どんな人間にも毒の部分があるのかもしれませんね。だから、子どもを育てるのは難しい…やはり法律で何歳以上は実家から出るとか決めてもらうと良いのかもしれません。物理的に距離が開けば、たとえ毒親に育てられていても、被害が少なくなるのではないでしょうか。

にほんブログ村 主婦日記ブログ 子育て終了主婦へ PVアクセスランキング にほんブログ村

よろしくお願いします。

タイトルとURLをコピーしました