他人の孤独はわからない

ブログ好き

毎日家族以外の人間とは話す機会もなく生活している私ですが、このブログ村にも【寂しい主婦・孤独な主婦】というカテゴリーがあります。その中で、私が以前読んで、次の更新を楽しみに待っていたブログがあります。それが「寂しがりの主婦のつぶやき」です。副題には「寂しい。ママ友いない」とあります。

何の問題もなさそうだけど

ブログを書いているのは、あやさんと言います。私が読んだ3月4日の記事以降、更新はありません。記事を読んだ限りでは、まだお子さんが小さいようだし、お仕事もしているようなので、忙しくて更新ができないのかもしれません。

私は記事を読んで、若くて(あくまで私に比べて若い、という意味です)、仕事もキチンとしている、でも少し内気な人物像が浮かんできました(週に5日働いているそうです)。家事と育児があって、仕事もしているのできっと身体は辛いでしょう。しかし、ある程度健康で能力がある女性なのだという印象を受けました。

あやさんは職場や学校で出会う人たちとの、何気ない会話でギクシャクしてしまうこともあるようです。うまく話が続かないこともあるそうです。だから、ママ友いない、となるのかもしれませんが、私からするとママ友とはほんの一過性のお付き合いにすぎません。

中には一生涯の友を見つける人もいるのかもしれませんが、それは本当に特別な例ではないでしょうか。子ども同士が友だちでも、その親が友だちになれるとは限りません。自分のことを顧みても、自分の友だち付き合いに、もし親がしゃしゃり出てきたら、きっとやめてくれと思ったに違いありません。

あなたは良いわよ、と思うことが孤独を深めてしまう

だからママ友がいないことには、何の問題もないように思えます。ママ友がいなくても、仕事をしながら結婚生活を続け、お子さんと一緒の生活を送っているのですから、あやさんは人と付き合えないことはないし、能力もある方だと思われます。

あやさんのことを恵まれている、羨ましいと感じる人もいるのではないでしょうか。自分でももっと自信を持たれたら良いのに、とも感じました。

しかし、その一方で、このように私が感じる事自体が、あやさんを孤独にするのかもしれないとも思いました。私にないものをたくさん持っているあやさんでも、孤独を感じているわけですが、私が見たあやさんとあやさんの本当の心の中はきっとかけ離れているのだと思います。

このことは誰にでも当てはまるのでしょう。誰もが他人の孤独は大したことがないと思い、自分の孤独で手一杯の状況です。これは当たり前のことかもしれませんが、これが自分のことをわかってもらえない、と感じることにつながり、更に孤独を深めてしまうのかもしれません。

時が経つと変わるものもある

実は私も子どもが幼いときは、ママ友と言える人はほとんどいなかったです。学校で徒党を組み、傍若無人に振る舞うお母さんたちに嫌な思いをしました。生まれて初めて、挨拶をしても無視される、などの扱いを受けたのです。そしてそんなお母さんたちが、私がPTAの本部役員になった途端、手のひらを返したように親しげに振る舞うのが余計に嫌でした。

しかし、子どもが学校を卒業したらそんな人たちの顔を見ることもなくなりました。今では遠い思い出ですし、もしかすると私の思い過ごしだったのかも、とまで思えるようになりました。

あやさんは夫とのこともブログに書いています。それも、ママ友のことと一緒で、感じ方が変わってくると思います。結婚したことのある人なら、きっと誰でも経験があるでしょうが、夫のことが嫌になること、関係が悪くなることもあります。

しかし、それと同じくらい夫のことを見直す機会もあります。長い人生、望んでもずっと同じ状況ではいられません。必ず、状況は変わります(良い方向に変わるとは言い切れないのが辛いところですが…)。

あやさんの状況が変わり、楽しく忙しくしていて、ブログの更新ができないのだと信じたい思いでいっぱいです。次の更新を楽しみに待ちたいと思います。

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