スーパーで考えた!

スーパー 生活

今日は日曜日ですが夫と長女は仕事です。私は2人が出勤した後、スーパーに買い物に出かけましたが、とても混み合っていてびっくりしました。

みんなの気持ちが緩んでる?

今まで混んでいる時間を避けようと、平日の午後に買い物に出かけるように心がけていましたが、どうしても午後の買い物に馴染めず、非常事態宣言が解除されたのをきっかけに、今までと同じ午前中に戻ってしまいました。

19日からは県をまたいでの移動も自粛しなくて良くなったので、私たちの心も少し緩んでいるのかもしれません。スーパーの広告も以前のものと変わらなくなりました。これだけで私などは、気持ちが上向くのを感じました。非常事態宣言中のただ「営業中」とだけ書かれた広告は、本当に今は非常事態なのだと厳しい現実を突きつけているようで、見ていると気持ちが暗く沈むこともありました。

私以外の人たちも同じ思いだったに違いありません。とにかく我が家の近所の普通のスーパーが人で溢れかえっていたのです。小さな子どももお年寄りもたくさん見かけました。4月や5月には子どもやお年寄りの姿をあまり見かけませんでした。きっと家族が感染を心配していたのでしょう。

こんなにみんなの気持ちが緩んだり上向いたりしているのに、マスクをしていない人はほとんどいませんでした。日本人は真面目なのかそうでないのか、私はわからなくなってしまいました。

それにマスクをした人でいっぱいの店内というのは、シュールな光景でできるなら逃げ出したくなりました(自分もその中の1人なのですが…)。

買い物はやり辛くなった

買い物自体は以前よりもやり辛いと感じました。駐車場も店内の通路も渋滞していて、すっと通り抜けることができません。特に大変だったのは「あれを買うのを忘れた」と後戻りすることでした。後から後から人が来ますから、1度来た道は引き返さないくらいの覚悟が必要でした。

みんなが以前のように買い物できるのは、良いことのはずなのに、私は人混みに疲れてしまいました。混んでいるスーパーに行ってしまった自分が不注意だった気もしているし、やはり時間や曜日をずらした方が良いのかな、と考えているのも事実です。

緊急事態宣言が出てみんなの気持ちが緊迫しているけれど、買い物がしやすい状況と、それが解除になって開放感があるけれど買い物は混んでいてやり辛い状況は私にとってはどっこいどっこいです。どちらもあまり好きではありません。

やり辛いのは自分のせいかも

私は買い物がしやすいように、寂れていても良いから空いているスーパーが良いな~などと普段から考えています。私は買い物に行く回数をなるべく少なくしているので、1度の買い物で大量に買います。滞在時間も長くなるので、これではスーパーの人出が気になるのも無理はありません。

もっと買い物の回数を増やすことも検討しようと思ってはいますが、嫌だと思うと買い物の回数をなんとか減らそうとしてしまいます。そろそろ買い物に行った方が良いと思っても、もう1日くらい、となんとかしてしまうのです。

いよいよ冷蔵庫が空になってから買い物に行くと、1度に買う量が増えて時間がかかって疲れてしまいます。そしてまたまた買い物が嫌になるという悪循環に陥ってしまいます。

それでも人間が生きるためには食べることが必要で、そのためには食べ物を手に入れることが必要です。そう考えると食べ物を手に入れること、すなわち買い物というのはとても重要な家事だと気が付きました。家から外に出るということで、1種の気晴らしの役割も持っているし、買い物は奥が深いな、と人混みのスーパーに疲れた頭で考えました。

買い物は楽にならない?

私の母が若い主婦だったとき(昭和40年代)には、大型スーパーなどはまだなく、近所の個人商店に毎日のように買い物に行っていました。毎日のように行くのですから、買う量はほんの少しでした。献立も今のように和洋中をすべて作ることはなかったので、買う食品の種類も今よりはずっと少なかったはずです。

そのときだって、毎日買い物に行くのは大変だと母たちは思っていたでしょうが、今とどちらが大変なのか、ちょっと考えてしまいます。いつでも食べ物を手に入れることは大変なのかもしれませんね。

私は現在55歳です。後何回買い物(食料品と日用品)に出かけるのでしょうか。

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