年賀状で嬉しかった

季節

叔母(母の妹)が東京都内に住んでいます。今年は年賀状を出したら、嬉しかったよと返事が来ました。

写真は同封されていた手拭いです。叔母は夫婦で飲食店をやっているので、毎年お年賀の品として干支の手拭いを作ってお客様に配るのです。

出歩けない叔母と交流できた

コロナ禍で飲食店は打撃を被っていることと思いますが、叔母は何年か前から立って仕事をするのが苦しいと漏らすようになっていました。圧迫骨折を何度も繰り返し、身長もかなり縮んでしまったということです。

長時間の移動は苦しくて、母が危篤のときも埼玉県内の病院まで見舞いに来ることはできませんでした。今はコロナ禍で自由に出歩けない人が多いでしょうが、すでに叔母は何年も前から出歩く自由がありませんでした。

私からの年賀状を見て(コロナ収束の願いを込めて、あまびえ様の絵を長女が書きました)、少しでも明るい気持ちになってくれれば、私も嬉しいと思いました。年賀状だけでつながっている関係もまた良し、と素直に思えた瞬間でした。

義務にしなければ、年賀状も楽しい

必ず、出さなくてはならないとか、きちんとしたものを用意しなくてはならないと義務のように考えてしまうと、年賀状はいまいましいものになってしまうのかもしれません。

今年は出して見ようかな、程度の気持ちなら、準備もワクワクした気持ちでできるようです。どうしているかなと思っても、いきなり封書が届いたのでは相手がびっくりしてしまうし、自分もそれほど長い手紙は書けないと思います。

暑中見舞いはがきはそろそろ廃れてきているようだし、やはり年賀状がちょうど良いのではないでしょうか。

義務にしないことの大切さをもっと早く気づきたかった

また年賀状を出すかどうかはわかりませんが、今年嬉しかったことは覚えておきたいと思います。考えてみれば、母が元気な頃、正月には家族で私の実家を必ず訪問するのも義務のようで嫌でした。母はあんたたちが来ると面倒だと言うし、でも行かなかったらへそを曲げるのがわかりきっていたから、毎年軽く憂うつでした。

母が亡くなって、その義務もなくなり、ずいぶんと気楽になりましたが、あの頃私が今年はちょっと行かれない、などと伝えることができたら実家訪問ももっと気楽で楽しいものになっていたでしょう。

でも、何事も義務にしないって、本当に難しいです。あの頃の私は娘夫婦が正月にも来ないなんて、母が周りに対して恥ずかしいと思うだろう、こう勝手に思い込んでいたのです。

母そのものよりも、母の体面を気にして、実家を訪問していたのかもしれません。そんな義務が楽しいはずはありませんよね。今となっては懐かしくもほろ苦い思い出です。

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