地震の被害に遭われた地域では、様々な問題が発生していますが、中でも深刻なのはトイレが使えないことでしょう。
水が流れなければ、現在の水洗トイレは使えません。多くの人が集まる避難所では、余計にトイレのための水が必要になるはずです。
水洗トイレを素晴らしい存在だと思ったが
私が子どものころ、水洗トイレはまだ珍しく、公共施設以外では駅の近くの新築マンションくらいにしかありませんでした。私の家はもちろん、汲取式でしたが、周りの家も汲取式が多かったように思います。
し尿を汲み取りに来てもらう日は、業者が地域一帯を回るため、どこに行っても特有の臭いがしていたのをよく覚えています。
10歳になった1974年、私はそれまで住んでいた東京都国立市から、埼玉県の中規模都市の団地に引っ越します。そのとき初めて自分の家のトイレが水洗式となったのです。
どんなに用を足しても、まるでなかったことにしてくれる水洗トイレ。もう、汲み取りのためにわざわざ業者を呼ぶこともありません。母も掃除が楽になったと言って喜んでいるし、水洗トイレに欠点などないように思われました。
そのうちに水洗トイレは特にありがたい存在ではなくなりました。あって当然、流してくれて当然という存在になったのです。
水洗トイレにも弱点がある?
ただ、ここに来てどうやら水洗トイレにも決定的な弱点があると認めざるを得なくなりました。
私が大人になってからに限っても、日本だけでかなりの回数の自然災害が起こっています。その度に、水や電気などのライフラインが止まり、トイレが使えなくなる問題が発生。災害用のトイレを用意するよう、注意喚起がなされてきました。
自分で備蓄品として災害用の簡易トイレを用意している人もいるのではないでしょうか。しかし、今回の地震においては、多くの人が集まる避難所での問題が大きいようですし、一体いつトイレが使えるようになるのかの目処は立っていません。
すでに、感染症が流行している避難所もあり、不衛生なトイレがそれを後押ししていると思われます。ですが、もともと日本人が水洗トイレに移行した背景には、それが衛生面で優れているからという理由があったはずです。
汲取式のトイレへの未練
皆が水洗トイレに移行していく中で、水がなくても用が足せるくみ取り式のトイレはほとんど残っていません。
実は我が家の敷地内には、汲取式の外便所がつい最近まで建っていました。これが建っていたときには、地震などのニュースを聞く度に次女が「ウチには汲取式のトイレがあるから、いざというときは安心だね」と言っていたのです。
結局、トイレの建物が老朽化しているため取り壊したのですが、私も少しだけ『いざというときのために、これは残しておいた方が良いのでは?』と考えました。
あるかないかわからない災害を気にして、古くて不衛生な外便所を残しておくわけにはいかないという考えが、外便所への未練をきっぱりと断ち切ってくれましたが…
今回のトイレが足りない、使えないという報道を聞く度に、私は早まったことをしてしまったのだろうかと考えてしまいます。
新たなトイレは作れないのか?
衛生的で快適なトイレが誕生したはずなのに、今こんなにしっぺ返しを食らっている人間たち。しかし、今の私は汲取式トイレをもう一度使う気持ちにはなれません。一体私たちはどうすれば良いのでしょうか。
災害用の簡易トイレだって、2~3日分を用意するなら別ですが、避難生活がいつ終わるともわからないのでは、用意のしようがないのでは?と思います。
何とか水や電気に頼らない、衛生的で快適なトイレは作れないものでしょうか。例えばバクテリアにし尿を分解してもらうとか…この不幸な災害をきっかけに新たなトイレの開発を望んでいます。