昨日は天気が悪くて、うすら寒いような日でしたが、今日は一転、快晴です。すでに日差しが暑くて、夏を思わせるような陽気になっています。
こうして急に暑くなる日があるため、10月の半ばを過ぎたというのに扇風機をなかなかしまえません。ただ、天気予報によると来週からは秋らしくなるそうです。今年は遅くなりましたが、リビングに敷いているラグを夏物から秋冬物に取り替えました。
一口にラグを取り換えると言っても…
毎日掃除をしているにもかかわらず、ラグを剥ぐと細かなゴミが結構落ちています。それを取り除いてから、拭き掃除。ラグは洗濯機に入れて洗濯です。秋冬のラグは厚みがあるので、座り心地も良いです。
『あ~、取り換えて良かった』と思いますが、これだけやって結構疲れていることに気が付きました。もともと季節の変わり目で、疲れているところに拍車がかかったのでしょう。
ラグを取り換えるとか、扇風機をしまってコタツを出す(正確にはコタツ布団を出して装着すると同時に、コンセントを取り付けてコタツとして使えるようにする)などということ、力も要るし私にとっては大変な労働ですが、これは我が家では名もなき家事として扱われています。
別にコタツがセッティングされようと、なくなっていようと誰も反応などしませんが、寒いときにコタツがないと文句を言われます(逆の場合もあります。暑いときにコタツが出しっぱなしだと暑苦しいと文句が出る)。
まだ、唐揚げを揚げた時の方が、喜びの声が聞こえるため、遣り甲斐もあるというものです。
いつまでやらなくてはいけないのか
遣り甲斐もなくて、ただ疲れるだけ(多分これからもっと疲れるようになる)の家事をこれからも続けるのかと思うとうんざりしますが、私が先に死んだら、夫が『こんな些細なことでも、意外に面倒なんだな…』と思うかもしれません。
それを想像するといい気味だと思うし、逆に夫が先に死んだら私はコタツなど使わなくなると思います。
こうしてちょっと先のことを想像して、自分の気持ちをなだめているわけですが(自分で自分が執念深いのは百も承知です)、もしかすると、今後20年経っても私はまだ扇風機やコタツの心配をしているかもしれません。
だとすると、ちょっとため息が出ちゃいますね。もう何年もこの時期にブログで文句を言っているような気がするのです。
夫のためにコタツを出しているようなものですから(晩酌の後にコタツでうたた寝をするのが夫のルーティン)、夫がやれば良いとは思いますが、夫が偉そうに意気揚々と「俺も手伝うから一緒にやろう!コタツ布団のそっち側を持って!」などと言うことを思うと…(結局一人ではやらない)
それじゃあ、いいや。一人でやろう、と思ってしまうのです。文句を言わずに季節の模様替えをしている皆さま、私は皆さまを大変に尊敬します。


にほんブログ村
にほんブログ村
コメント