25年前に頑張りました

家族

25年前の8月31日に私は次女を出産しました。25歳と言えば、仕事に恋愛に趣味に忙しくしている人が多いかもしれません。しかし、次女は大学2年生のときから引きこもりだしました。もう5年になるわけですから、結構長期化していますね。

引きこもって5年になる次女

次女は精神的にかなり波があり、落ち込んでいるときは家族と目も合わせようとしません。引きこもりだしてすぐの頃は、生理も止まっていたため、私は放って置いてはいけないと考え、婦人科と心療内科の受診を強く勧めました。

しかし、次女には受診すること自体が大きなプレッシャーになったようで、通院の度に寝込むようになりました。それぞれの科で薬も処方されましたが、次女は飲むとかえって具合が悪くなると言い張り、結局勝手に服用を中止してしまいました。

大体心療内科というのは、どこも予約制で、しかも結構な日数を待たなくてはなりません。薬が合わなかったからと言って、気楽に相談できるものでもないようです。たとえ精神的な波に翻弄されているとしても、自宅にいる限りは大きな問題になりませんから、今は特に通院はしていない状態です。

最近気がついたこと

次女の様子を見ていると、音や光などにかなり敏感なところがあります。普通なら意識しないくらいの生活音でイライラしたり、眩しいのが嫌だからと夜中に電気をつけずに起きていたりします。

私のようなごく通常の人間にとっては普通の世の中が、次女にとってはとても暮らしにくく、負担がかかってしまうのかもしれないと思います。いろいろな負担から逃げるために、次女は自分の安全基地に立てこもっているのかもしれません。

次女は気温や気圧の変化にも敏感で、毎年自分の誕生日の頃には、精神状態が悪くなっているように感じられます。今年はつい2日前まではそれほど悪い状態ではありませんでした。

誕生日についても嬉しそうで、いつもとは違うケーキ屋さんのケーキが食べたい、などと話していたのですが、昨日の晩には、「誕生祝いは要らないよ。調子が悪くて、食べたいものもないから」と言い出したのです。

本当は誕生日なんか気にする必要はないけど

本当は25歳の娘の誕生祝いをそれほど気にすることはない、と私は考えています。自分が25歳の頃、親に誕生日を気にして欲しいとは思っていなかったからです。

それでも今の次女を見ていると、この家の中が次女の世界のすべてのような気がします。だから、ほんの少しでも良いから、何かいつもと違ったことをして、家の中で明るい気持ちになって欲しいと思ってしまうのです(誕生日を祝うことで、次女に私や夫の心配している気持ちが伝えられないかという、姑息な気持ちも入っていることは否定しません)。

夫も同じ気持ちだったようで、今朝出勤前に、コソコソと誕生日はどうする、と私に尋ねてきたのです。だから、私はケーキくらいは買おうと思う、と答えました。

もし次女が「要らないって言ったのに」と文句を言ったら、こう答えようと思います。

今日は次女の誕生日かもしれないけど、私が25年前に頑張って次女を生んだ日でもあるんだ!だから、頑張って生んだ記念に私がケーキを食べるんだよ!

やはり普通じゃない?

それにしても、自分の意志で引きこもっているはずなのに、次女はまったく楽しそうに見えません。他の引きこもりの人もみんな同じなのでしょうか?次女がもう少し、楽しそうなら私も誕生日のことなんか気にしないと思います。

だからこそ、引きこもりは普通の状態ではないと実感して、どうにかしたいと思うのです。昨年も一昨年も書いたと思いますが、来年の次女はどうなっているでしょうか?

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