同世代の芸能人・立て続けの死に57歳が考えたこととは?どんな死に方も平等である

もみじ 生活

渡辺裕之さんに続き、上島竜兵さんが亡くなりました。やはり自ら死を選んだということで多くの人にショックを与えたようです。あまり日をおかずして亡くなった二人ですが、私は上島竜兵さんの報道の方にショックを受けてしまいました。

上島さんの死により強いショックを感じた

お笑い芸人という仕事柄、いつも明るく振る舞っていた上島竜兵さんと死は結びつかなかったのです。私も多くの人たちと同じように、人間を見た目や仕事といったもので判断していたのかもしれません。

それは偏見といっても良いようなものだったのではないでしょうか。多くの人たちが感じていた上島さんへの思いは、数が多くなると上島さんにとってはこうでなければならない、といった強い枷になったような気がします。その枷がドンドン彼を追い詰めてしまったようです(それは渡辺さんにも言えることではないでしょうか)。

自ら死を選んだ理由は今となってはわかりませんが、御本人たちにもよくわからないのかもしれません。私はそもそも、人間は極限状態になると、必ず自分が生き延びようとするものだと思っています。よく溺れる者は藁をもつかむと言いますが、それは本当だと思っています。藁なんかをつかんだって助かるはずはありませんが、それでも本当に困っていればつかもうとするのが人間だと思います。

人間は本来生きようとするのではないか

その証拠に、夫の弟が2年前に脳梗塞の発作を起こしたとき、彼はそれまで経験したことのないような頭痛の中で自ら救急車を呼び、貴重品を持って乗り込みました。それまで精神の病のために休職しており、孤独で経済的にも不安定な生活を送っていた弟でしたが、それでももういいや、とはなりませんでした。とっさのとき、彼は生きる選択をしたのです。

だから私は自ら死を選ぶことが不自然に思えてなりません。そこには人間本来の姿を歪めるほどの強い力が働いていたのではないでしょうか。世間一般で自殺と言われる死に方は、抗えない病気や事故とほとんど変わりがないと私は思うのです。

これは私が渡辺さんや上島さんとまったく無関係な人間だから思うことなのでしょう。自ら死を選んだ方の家族には思うところがたくさんあるはずです。それは親しい関係なら仕方のないことでもあります。

死はある意味平等

しかし、だからこそ私たちのような無関係な人間たちが、今まで俳優だから、芸人だからとそのラベルで人を判断していたことを反省し、どんな死にも違いはないのだということを理解したいと思います。

一生懸命に生きていた人が亡くなった、その事実だけを受け止め哀悼の意を表したいです。どちらの男性も私とほぼ同年代、若くて活躍をしていたころを知っています。お二人の死で、自分の人生の残り時間が明らかに少なくなっていることを嫌というほど痛感しました。

私が若かった頃に活躍していた人たちがまたいなくなってしまいました。こうして時代は確実に移り変わっていくのでしょう。

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