叔母の葬儀に参列・久しぶりの体験でとても疲れたが、遺族はもっと疲れるだろうと思った

葬儀 人生 生活

昨日の9月25日は夫の叔母の葬儀でした。

私も夫と一緒に参列したのですが、久しぶりの葬儀で緊張したためか、一晩経った今でもまだ疲れが抜けていません。実は叔母の葬儀は通夜を行わない一日葬で、納棺を葬儀が始まる前に行うことになっていました。

納棺の儀式に立ち会ったものの

葬儀自体は11時からでしたが、夫が納棺にも立ち会うと言ったために、朝は8時ごろに家を出ることとなりました。納棺の前に到着すれば、少しは夫が叔母の顔を見られるだろうと思ったのですが、道が混んでいたりしてそれほど余裕を持った到着ではありませんでした。

結局到着してすぐに納棺の儀式が始まってしまい、とうとう夫は叔母にゆっくりとお別れする機会を失ってしまったのです(もちろん湯灌などはできましたが、せめて布団に寝ている叔母と、儀式の一端ではない、個人的なお別れができれば良かったな、と思います)。

納棺の儀式も言ってみれば、皆が見守る中で着替えをすることです。叔母はもう亡くなっているから、何も感じないのかもしれませんが、見ているこちらは居心地の悪い思いをしました。まあ、肌は一切見えないように係の方が誠心誠意、注意深く行ってくれるので、気にならない人は気にならないでしょう。

1日がハードスケジュール!

納棺の儀式に1時間ほどかかり、終わった時点ですでに私は疲れてきていましたが、そこから葬儀、火葬場への移動、火葬、精進落としの膳、それから拾骨をしてもとの式場に戻るというスケジュールです。朝8時に自宅を出て、戻ったのは午後4時ごろです。なかなかにハードスケジュールだったと思います。

60歳手前の私でも疲労を感じたのですから、叔母の夫である叔父(80代後半)は心労も重なり、何度も体調が悪化、葬儀の最中から中座を何度もすることになりました。結果としては、火葬場に行くことができず、自宅に戻るしかなくなったのです。

最期のお別れを中途半端な形で終わらせるしかなくなった叔父のことを思うと、なんとも言えない気持ちになります。

少しでも叔父のために負担を軽くしたいと思ったから、一日葬を選んだのだと思いますが、いかんせん一日に詰め込む予定が多すぎたようです。

もう少し、内容を見直して、お年寄りや子ども、病気を持った人に優しい葬儀ができないものでしょうか。納棺の儀式や読経の時間は、素人にはもう少し短くできるのではないかと思うのですが…

良い人生だったのだなと思った

叔父が中座したために、参列者への挨拶はすべて叔母の長男(夫の従兄弟)が行いました。叔父が喪主としての挨拶をすることになっていたため、原稿などはありませんでしたが、それを感じさせない立派な挨拶でした。

この従兄弟は湯灌のときにはこらえきれずに嗚咽をもらしていたのですが、そのときとは別人のように立派な姿には、私もいろいろと感じるところがありました。叔母は愛情の人で、愛情が多すぎるが故に暴走する面もあり、問題を起こしたこともあったのです。しかし、子ども2人はどこに出しても恥ずかしくないように立派に育っています。

その2人が子どものように泣きじゃくって見送ってくれているわけですから(叔父だって体調を崩すほどに悲しんでいる)、叔母の人生は良い人生だったのだな、とつくづく感じたのです。『あ~、良い人生だったな。羨ましいな』と思える葬儀、これはなかなか良いものだと思います。

まあ、疲れたから当分は葬儀がないことを願っています。叔父にも頑張って欲しいです。

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