実家がなくなった話

家族

実家といっても、私が現在住んでいる自宅と同じ市内にある団地でした。父も母も亡くなり、弟が一人で住んでいましたが、50歳を過ぎて結婚をすることになり、よい機会だからともっと通勤に便利な場所に引っ越しをすることになりました。

好きではなくても、なくなると複雑

だから実家がなくなるといっても、そんなに悲惨な話ではありません。でも、私にしてみると長年そこに実家があると思って生きていたので、何か変な気分がします。それに父が亡くなったときも、母が亡くなったときも、弟が住む場所を失ってはいけないので、一番に相続放棄をしました。父が亡くなったときには、母にハッキリと相続放棄をしなさい、といわれました。

それを私に一言の話もせずに売却してしまうのは、話が違うな、と思わないでもありません。せめて売却を考えたときに、話をして欲しかったと思うのです。

母と私はそんなに仲がよい親子ではなかったので、実家にも頻繁に帰っていたわけではありません。それが母は不満だったようで、私はいつも電話で文句をいわれていました。今でも何かの拍子に、そろそろ帰らなくてはまた文句をいわれる、と焦っている自分がいます。私が頻繁に実家に行っていたのは、母の具合が悪くなってからのことですから、余計に実家にはよい思い出はないのです。

名字がかわったときも、感じた

それでも、自分が根無し草になったような気がして困っています。もう用事がないので、かつて住んでいた団地に行くこともないでしょう。たくさんいた同級生はほとんどみな引っ越してしまいました。だから自分でも根無し草という感覚を持つことに驚いています。自分の名字が変わったときも、こんな感覚を持ったな、と思い出しました。

自分が今まで、無意識に拠り所にしていたことがなくなると、周りがスカスカした、寒々しい気持ちになります。特に女性は結婚して実家を出てしまうと、親が亡くなったときには、実家の家屋に対しては相続放棄をすることが多いはずです。誰かが住んでいる家を、売ってお金に変えて均等に配分しろとはなかなかいえないからです。その後自分が預かり知らないところで、実家が処分されても、何もいえない、と感じている人もいるのではないかと思います。

実家がなくなることに対してできることは

実家の両親というのは、大抵の場合は自分より先に亡くなります。そうでないと、とんだ親不孝者ということになります。実家の家そのものについても、ただの建物だと考えると、いつかはなくなるのが当然のことです。建物は放っておけば、朽ちていくし、人手に渡るかもしれません。でも、それをいつかくることとして考える人はいないのかもしれません。

だからいつかはなくなるということを、ある程度の年齢になったら、1度は考えておいてください。考えるということが、実家がなくなることに対しての準備になるでしょう。考えることで、何か行動できるかもしれません。

それにしても、この根無し草の感覚、自分という存在の頼りなさを実感するこの感覚を味わうのは、圧倒的に女性が多いのではないでしょうか。何だかやりきれない気持ちになります。夫にも娘にもわかってもらえない感覚ですが、私と同年代の女性にはきっとわかってもらえると信じています。

先日とうとう、実家の鍵を捨てました。

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