買い物で失敗したこと

買い物 生活

どんなものでもお金を払って購入した以上は、使い切ろうと努力します。食べ物なら無駄なく食べようと思うし、着るものなら毎日着倒して元をとろうとします。

いつまでも、そこにあるもの

私の場合は、中々使えずに長い期間持ち続けるものが定期的に出現します。決して1度も使わないのではありませんが、使いきれずに何年もそのままになっているものもあります。今まではこれを何とも思っていませんでしたが、最近になってやっと私は買い物で失敗したのだと悟るようになりました。

そのうち全部使うから無駄ではない、私には必要だったと思っていたのは自分へのごまかしだったようです。本当に必要なものとは、意識せずに使い、気がつくとなくなりそうになっていて焦る、またはもう買わなくてはならないと、少しイラッとするのではないでしょうか。

例えば風呂場の洗剤やトイレットペーパーはいつも気がつくと在庫が乏しくなっていて、常に補充のために買い物をしなくてはなりません。

しかし、私が買ったccクリーム(色付きの化粧下地のようなもの)やパウダー、スプレー式の洗濯のり、肩こりの薬はどれも買ってから何年も経ってしまいました。あれば使いますが、なくても良い、たまには存在を忘れているという状態です。

実際に買ってみないとわからないこともある

自分の失敗を認めたくないために、私はこれらのものを全部使い切って、自分の買い物は失敗ではなかったことにしたいです。それでも中々全部を使い切ることはできません。

中身を使い切るために、努力をしないといけない時点で、その買い物は失敗だったわけですが、買って失敗してみないと、自分に必要かどうかはわからないことがあります。

ccクリームやパウダーは、それを使うと顔色が少しでも明るくなり、外に出かけるのが億劫にならなくなるのではないかと思って買いました。私の年代の女性で素顔で外に出ている人はほとんどいないでしょうから、それくらい買うのは当然と言う気持ちもありました。

その他のものも、みな買うときには必要だと思って買ったのです。しかし、ほんの些細なことで私は買ったものを使わなくなってしまいます。

死蔵品には罪の意識がつきまとう

顔に塗るものは、なんとなくつけると鬱陶しいと感じる、手が汚れる、匂いが思ったよりもキツイなどの理由で、肌に合わないわけでもないのに、使わなくなり、ただ保管されているだけになります。

ある程度時間が経つと、古くなったような気がして余計に顔に塗るのが嫌になり、でも捨てるのはもったいないので、さらに置いておかれるという負のループに入り込んでしまうのです。

そのものに大した非があるわけではないのに、私のほんの些細な気分でものが死蔵されてしまうのですから、これは私の失敗と言えるし、失敗はできれば隠しておきたいわけです。

責任を持って使い切ろうと思っている

現在、私は自分に喝を入れるために、昔なら捨てていたものでも、使い切ることにしています。5年以上前に購入したクリームを肌に塗り、パウダーをはたいて平気でいます。かぶれるなどの不都合は一切ありませんが、気分的にパッとしないのは事実です。

しかし、これに懲りたら、もっと責任を持って買い物をしようと心に決めています。その最後まで付き合うつもりで、家に迎え入れようと思っています。ものは消えてなくなりません。私自身がその行く末を決めてやらないといけないのです。

そんなに高価じゃないから、と購入していると家中が使えないもので埋まってしまっても不思議ではないと思います。

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