昨日の敬老の日、夫は叔母に面会するための準備が終わり、自宅で一休みをしていました。
そこに従兄弟から電話がかかってきたのです。従兄弟は「今病院から連絡があって、すぐに行かなくちゃならない、今日の面会はできない」と夫に伝えました。
叔母は亡くなりました
落ち着かない気持ちで次の電話を夫は待ちましたが、その次に告げられたのは叔母が亡くなったという知らせでした。叔母は高齢ではありましたが、心臓の不調を克服して、リハビリ専門の病院に転院をしたところです。
夫は「そんなに悪かったのか。だったら面会したいなんて言うんじゃなかった」と言っていました。しかし、本当にもう危ないとわかっていたら、いくら夫が面会したいと言っても、家族が反対したのではないかと思います。
「じゃあ、来週の月曜日に一緒に面会に行こう」と叔母の息子である従兄弟が言っているわけですから、容態はそれなりに安定していたのでしょう。
夫と叔母は似た者どうし?
夫は叔母の死を知って、とても落ち込んでいるようで、こんなことを言っています。
俺が面会に来ることを知って、叔母さんの心が乱れて、心臓に悪影響があったのかもしれない…やっぱり俺が面会したいなんて言ったから、死ぬのが早まったんだ。
これは誰が聞いても理屈に合わないことだと思いますし、普段の夫なら決してこんなことを言いません。夫は自分が一緒に住んでいた祖母が亡くなったときは、こんなことは言っていません。
叔母も随分と情の厚い人でしたが、きっと夫も似ているのでしょう。私は、情が厚いのは良い面も悪い面もあるのだと思っていて、手放しで情が厚い人を指示しているわけではありませんが、とにかく叔母と夫は情の厚い人であることは確かだと今回実感しました。
とにかく2人は、家族というものを諦めません。家族が一緒にいるためなら、ときには嫌がられることも平気でやります。
・自分が良いと思ったものは、相手が嫌がっても勧め、押し付ける。
・家族が遠くに住むのはダメ、みんなが一緒でなくては、と言い張る。
・自分の分がなくなっても、家族には(他の家族に嫌な顔をされても)援助を惜しまない。
私にはどれもできないです。私はすぐに諦めてしまう人間です。同じ人間でもこの違いは埋めようがありません。
話くらいできたら良かったね
まあ、2人がどんな人間であれ、夫のことを子どもの頃から知っている人、本気で夫のことを考えていてくれた人がまたいなくなりました。私は2人とは違う人間ですが、夫の叔母には敬意を持ち、その死を悼みたいと思います。
叔母にはもう少し頑張って、最後に夫と話をして欲しかったです。今までの夫は誰かを見送るばかりでした。それがまだ続くのかと思うとさすがに気の毒です。しかし、今回は従兄弟も叔母の臨終に間に合いませんでした。それを考えると、夫はあまり辛いとは言えないはずです。
頑張れ、夫(このブログを読むはずないけど)。そして、叔母さん、長い間お疲れ様でした。お世話になりました。